稗田放歌で良いお年を

12月 31
2010

 大晦日です。

 今年一年は、比較的穏やかだったというか。
 実際は水面下で大分ゴタゴタがあったのですけれども、表面上は本当に穏やかなものでした。
 先日書きました通り、創作面では意欲不足かなんか知りませんが書いた作品は少なく。
 大学の成績の方などでめんどくさい事がたくさんありました。

 去年も、というか毎年同じ反省をしているくせに反省したり無い。
 結局行動に移れずの何時も通り。や、口だけは達者な人間です。口も達者じゃないけど。

 んで、まぁ。
 結構、作品を殆ど書けなかったってのは自分でも後悔してまして。
 そりゃそれ以上にやる事もあるから当然なんですが、周りにはちゃんと両立して出来ている人がいるわけで。
 そんな中、創作やってるから成績悪いなんて言い訳も出来るわけもなく。というかしていいわけがない。
 どれだけ言葉にしても、仕方が無いかもしれない。
 それでも、言葉にすることで確かにしなければならないと思う。

 来年一年、後悔せぬよう頑張ります。
 どうか見守っていただければ、幸いです。

***

 さてさて。
 今年一年作ったものは未完成含めれば結構あるんですが。
 個人的に未完成作品はどんなに自分で面白いと思っても作品足りえないので。
 まず未完成作品を語りたければ、完成させろ、ってことで。
 僕自身に言い聞かせたいし、個人的にはどんな人にもこれだけは譲らない一線。

 そういう事で、今年一年で作った中で恐らく最も力を入れた作品、「稗田放歌」
 まだとらのあなさんの方で通販やってるぽいのでまだ持っていない方はどうぞ
 http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0010/23/95/040010239529.html

 今回はこちらの作品を作るに辺りの産みの苦しみとかを自身で考察しようかなと思います。
 あの作品について書きながら考えていることを、徹底的に自分で追求してみようかなと。
 書く前に思ったこと、書きながら思ったこと、締切直前でひーこら言ってたこと。
 そして自分の中で今突発的に思って考えたこと。沢山の、僕の中での稗田放歌。
 自分の中で思うことをただつらづらと書くことで、今年の締めにしようと思います。

 それでは長くなるかと思いますので、一応閉じる形で。
 お付き合いしてくださる方は下の英文字をクリックしていただければ、と思います。

 んでは、とりあえずこの場で、良いお年を。
 読む人はがっつりどうぞ。

0.稗田放歌制作に当たり

 ええと、元々の制作理由なんですが。
 実際に本のあとがきに載せたとおり『「鹿の子(byポップンミュージック)」が阿求に似てるんじゃないですかねー』みたいな大体二~三年ぐらい前に思った発想で書いた絵が元だったかと思います。
 実際当時はこれ以上の妄想なんて殆ど無く、阿求に歌わせたら楽しいんじゃね、程度のレベルでした。
 その後歌わせる系妄想は続いていたものの、結局作るという行為自体には踏み切れず。当時は2008年。風神録が発売されたかという前後の話です。大型新人系人間キャラ、東風谷早苗というキャラクター性もまだおとなしめだった頃でした。ずいぶんはっちゃけたなぁ、と今になると思う。
 河童の神友もこの頃の話なんですねぇ…あぁ、なんかすげえ懐かしい気分。感傷に浸ってないで新作を書けと。
 そうしていって数年の歳月が流れまして。自分の中でなんとなく語りたい、一つの物語が出来上がりました。
 自分の中で描けるかどうか分からない、けれど、描きたい物語。
 誰にも頼らない、我侭で、無茶苦茶で、それでも自分が面白いと思った独り善がりの物語を。
 ……その始まりに、相応しいと思ったのが、彼女でした。
 そして、其の際に一つの物語の欠片として考えついたのが、今回の稗田放歌の原型でした。

1.稗田阿求というキャラクター

 自分の中で、稗田阿求というキャラクターは比較的確立しています。
 元々考えるのは苦手ですし、他人に自分の作品のネタを発表するのも苦手です。口にすると消えそうな気がするから。
 かといって、基本的にはお喋りな人間である自分。他人のネタを聞くのが嫌いでもなく、言うのは好きなんです。
 だからこうして、物語という形で自分の作品を発表するのが精一杯なのですが……まぁ、作品書いちゃったしいいよな(・ヮ・)

 自分の中で、幻想郷に住む人間という種族を多少贔屓しているところはあります。
 それを踏まえて話しますと――稗田阿求は、幻想郷に住む人間という種族の中で最も、人間らしい。

 割と、異論はあると思います。
 稗田阿求は、生まれついての御阿礼の子。その特異性を言うのであれば、恐らく下手な妖怪よりも妖怪のような存在ではないのだろうか、とも感じ取れます。
 千年以上も前に生まれた一つの命が持つ力、それを今の今まで失わせぬよう生き長らえさせていること。
 人として、これほど異端な事はないと思います。
 最初から並外れた力を持っているであろう博麗も、神の力を持つという東風谷も、時を止めるという力を持つ十六夜も、半分幽霊半分人間である魂魄ですら、この異端には届かない。生まれついてのただの人間である霧雨など、特にかけ離れているぐらいに異端でしょう。
 その力の偉大さ故に、幼き少女の身体を持ちながらも卓越した頭脳と成熟した心を持ち。一つの屋敷を構える阿求はやはり、大きく異端であると言えましょう。

 そうであっても、私は稗田阿求が「幻想郷の人間の中で、最も人間らしい」と主張します。
 彼女は、あくまで器でしか無い。
 御阿礼という魂を、御阿礼の力を、心の奥底に収める人間という形の器。
 しかし、その器にもまた、心が宿っていたのです。
 御阿礼の魂を受け継がせるための転生の儀は、あくまでその力を宿る魂を新たなる命に植え付ける物。
 その土台となるべき心は、どこまでも無垢で、どこまでも純粋な、幼い少女の心でしか無いのです。
 勿論、だからといって生まれた時に与えられた肉体で生き続ける御阿礼の子。生まれたときに何も知らぬ幼い赤子の精神で生まれるわけではありません。全てを蓄えるための魂と、全てに優しく語りかける知恵と、幻想郷の全てを知るであろう知識を持ち、その肉体と共に生まれいづるのです。
 しかし、前世の記憶は殆ど存在しません。おぼろげに、己が御阿礼の血を引く者であると理解できるのみ。
 大半の記憶を、大半の関係を失い。彼女はただ、子供というもっとも重要な時代を送ること無く、はじめから大人として生まれてくるのです。
 それは、子供という時代が必要とされないほどに御阿礼の子が優秀であるのと同時に。
 普通の人間と同じ生き方を出来ない御阿礼の子のみの苦悩の表れでもあるのです。

 彼女と同時期に生まれた者は、彼女と同じ成長をしません。阿求が死ぬ時、多くの者が成熟する頃でしょう。
 だからといって、彼女より先に生まれた者も、彼女の苦しみはわかりません。生まれいでた時から大人である、という存在の心の奥底を、誰が理解できるものでしょうか。
 けれど、それはあくまで周りが形作った御阿礼の子の思い。
 誰しもが、そこに大きな壁を作ります。
 彼女自身は、どう思うのでしょうか。
 人として生まれながら、人として扱われない己を。
 他の誰よりも異端で異質であるが故に、そして己が大人として生まれてきてしまった故に。
 その中にある普通の人間としての自分を、心の奥底にしまった童心を理解されない自分の事を。

 もしかしたら、これを見ている貴方の中では「それを理解しつつ卓越した少女」という位置づけなのかもしれません。
 でも、私はそういう風に考えたくありませんでした。
 もはや、阿一の時から、いえ、下手をすれば阿礼の時から変わらずに。
 己が大きく力を持つ人間であるということを理解しながらも、平穏無事な人間としての生活を求めた。
 その場所が遠いが故に、高く手を伸ばそうとした。
 地上に居る人間が月に手が届かないことなんて、小さな子供でも知っているのに。

 こう書くと、「誰よりも人間らしい」ってのは間違いかもしれません。
 正しく言うのであれば「誰よりも人間らしいということを望んでいる人間」なのでしょう、自分の中では。
 人間であるのに、人間になりたいと。人間でありたいと。そうひたすらに願う姿は、酷く物悲しい。永久に叶わぬ願いに身を寄せながらも、傍にいる人間の友に心を委ねて。
 彼女は今日も生きています。人間として。あくまで人間、稗田阿求として。

 ……と、まぁ。
 ここまでが稗田阿求というキャラクターに対する理想像です。
 真面目な部分はここまでかな。

 不真面目な彼女のキャラクター部分。
 基本的にセクハラ好き。頭が良い事を結構驕る。ちみっこい。おっぱいも。おしりも。当然処女。でも後ろの感度は良い。
 この辺明らかに全年齢作品でいらない設定多い気がするけど気にしない。
 今回の作品では割と腹黒いところを隠してた気がします。普段はもう少し皮肉屋のつもりで書いてるんですが。でも卑屈な面はよく出てたかな、と思います。
 卑屈なキャラは書きやすいです。作者が卑屈な物で。トレースするだけで殆ど間に合う。でもそれ阿求じゃなくね……とふと思う。
 僕自身を書いてるような気がするけど、小説を書くってある意味そういうものだとも思う。完全に自己とキャラクターを切り離すことなど不可能なのですよ。出来る人尊敬します。
 彼女には特に自分の卑屈な面を受け継いでもらったと思います。いえ、多分僕は人間キャラを書く時は全員僅かな卑屈の面を持たせるのですが。その中でも卑屈度は大分高いんじゃないかなぁ。卑屈さが全く無いのは霖之助で、次点が霊夢。まぁ霖之助はハーフだけど。同じハーフでも妖夢ちゃんの卑屈さといったら無いですよ。若干話の論点がずれ始めてる気がする。

 他のキャラとの絡みについて。
 どことなく、人の温もりを求めながらも一線を置く感じ。霊夢に似てるけれど、霊夢に比べて一般への執着が強い。
 人としての当たり前を望み過ぎて、自分自身の当たり前に気づかないタイプ。願いに視線が行き過ぎる人。理想を叶えることを強く願うあまりに身近なことに視線を向けられない。でも本人は周りをよく知っているつもり。どの距離にあるものもだいたい同じぐらいにしか解っていないのに、近くにあればあるほど自分はよく知っているものだ、と思っている感じ。
 地元のことをよく知らない中学生に似てるようなところがあるかもしれない。例えが変ですね。
 ともかく基本的に他人を知っているというところで優位に立ちながら会話を勧めるけど、その人の本心などに気づかない人であると思います。勿論考えることはするけれど、ある意味自分の世界で完結している幼心が強いので他人の深く根付くものに対して目を向けられない。自分の我侭を多少なりとも押し通したい。
 言葉で伝えなくても解ってもらえるだろうと思ってる節はあるんだと思う。我侭さが際立ってる気がするけど、実際お嬢様ではあるし。
 ……書いてて自分でも解らなくなってきた。むぅ。
 やっぱり自分はまだまだ阿求について考える必要がありそうだ。人間、稗田阿求を。
 物語の中のキャラクターを完全に理解することはできないから、歪めるしか無いのだと思う。他人の思うことを、自分なりに解釈するしか無い。彼女は、それがわからない子なのかもしれない。いや、解っているのだけれど、それを何処かで否定したいのかもしれない。自分の我侭に、沿うようにして。
 他の人が考えている以上に、僕の中の阿求は我侭な子です。それは、自分を認めて欲しいというものが強いのかもしれない。御阿礼の子である以前の、稗田阿求である自分を。御阿礼の子らしくなく振舞ってる姿が多いのは、そういう事かもしれません。

 とにかく僕の中での稗田阿求というのは、そういう子です。
 我侭で、自分勝手で、卑屈で、甘えたがり。そして、恐らく人間の中では一番弱い子。力だけでなく、心も。
 それはある意味、最も人間らしく。かけ離れながらも、やはり彼女は御阿礼の子以前の存在。
 卓越したキャラが苦手だからこうなった感もありますが、ともかく稗田放歌含め、自分の中で描く稗田阿求というのは、そういう少女なんだろうなと思います。

2.稗田放歌という物語

 さて、稗田阿求というキャラを踏まえた上で今回の物語のお話に入ります。
 今回の話の突飛さというか、まぁ正直常識をぶち壊す、的な面だけでいうならば他の作品にもそこそこ引けを取らずとは言いたいんですがこの東方界隈の小説って基本的に尖ってることが前提みたいなの多いから僕のですら絶対許早苗には程遠いんですよね。
 いや別に僕、尖ってるの書きたいわけじゃないからいいんですけど。

 まぁ何にしても、阿求に歌を歌わせる、という発想はある意味自分でも変なもんでした。
 最初に語った通りのことで言えば思いつきのレベルから物語まで発展させたようなもんなので仕方ないといえば仕方ないのですが。

 時に、これ書いてる時、時代は「けいおん!」全盛期。
 えぇそりゃもうなにかパクりだの何だの言われないかすげー心配でした。でもまぁ言い訳じみた話すると申込時期はアニメ化する前ですしその頃からこれを書くっていう構想はあったからパクリじゃないんですよ本当ですって!
 ただ、作品を書くに当たり参考資料としてけいおんのアニメは全話見ました。一期だけだけど。
 やー、すげえ参考になりました。細かいことは抜きにして考えようと、思いました。
 唯が可愛かったんだよーとか言いたいところだけど明らかに話の方向性ずれ始めたのでこの辺で。

 でも、あのアニメ見て思うことがあった。
 歌ってるシーンが、本当に楽しそうだった、ってこと。
 あぁ、こう言うのを書きたいんだなをはっきりと思いました。最終話のライブで唯が歌ってる時のシーン。当たり前なんですけど、歌うのに必死で口が動くものだから顔がスッゲェ不細工に見えて。でも、それが素敵だった。
 必死になって、一生懸命に生きて、見た目の綺麗さを重視しない。表面上を取り繕うような事をしないアニメーションに、見てて感動すら覚えました。
 京都アニメーションの作品での歌うシーンといえば涼宮ハルヒの憂鬱でのシーンが有名だそうですがそっちは詳しくないけれど、アレもたしか歌ってるシーンだけ見たけど大分顔が崩れるような感じで。でも、それはよく言われる「作画崩壊」という奴ではない。ただ、一生懸命になって、自分の歌っている時の顔なんて気にしている余裕が無い。そういう力強さを表現していたんだと思います。

 ま、話を戻しまして。
 通常の日常シーンを書いてる時は気にしませんでしたが、作品のラストのシーンではとにかくその時のことを強く考えて書くようにしました。汚く這い蹲るように歌う。他人の目を気にしないように、誰よりも力強くいて欲しいという願いを込めて書きました。
 今までそうして弱かった彼女の精一杯の強く描けるシーンだったので。
 ラストのシーンは、今まで溜まりに溜まった鬱憤をはらすかのように一気に力強く書きました。

 ある意味では、あのシーンを書きたいがために他のシーンを継ぎ足したに過ぎないような気もしますが。
 でもそれ以前に語られる阿求と霊夢、魔理沙の物語もまた最後までを引き立てるに重要な役割を果たしました。
 特に今回過去に割とフィーチャリングしたのは魔理沙。これもそこそこ理由はあるんですが、まぁそれは置いておいて。
 初期の頃は、もっと早めに阿求が倒れたりするシーンが挟まっていたりしてたんですが。正直、本筋の流れに乗せるまでがあまりに長すぎる気がするのでああいう形にしました。意識的な操作は余り良くないとは思うけれど、物語の展開的に山場は後半に一気に持って行くもんでしょう!
 序盤と後半に作るのも手とは思ったんですが、明らかに中盤の中だるみが気になってね……なんというか倦怠期の夫婦的な。長編を作る際の悩みではあります。

 これは、成長の物語です。
 成長、と言うには最初から成熟しすぎている気がしますが。己の殻を破り、改めて自己を見つめ直すことで自身に囚われた柵を振り切る物語です。
 上の方でも語りましたが、稗田阿求は不幸な少女です。己が望む望まないに関わらず、御阿礼の子という運命を植えつけられた生まれた時より確定した未来に囚われた少女なのです。自分自身はその運命を受け入れていると思いながらも、しかしそれは自分自身が心につけた鎖のようなもの。
 自分自身では断ち切れない鎖を、友と共に乗り越える物語なのです。

 序盤から結構、キャラクター像に合うよう卑屈な性格を全面に押し出しています。
 突然訪れた魔理沙を皮肉ってみたり、従者に対してきつい口を聞いてみたり。最初から最後まで比較的自分に素直になって話しているのは霊夢に対してぐらいでしょうか。特に霊夢との絡みは強く、積極的に関係を作ってみました。
 同じく幻想郷の世界の柵に囚われた二人の、向けるべき視線の異なる物語。
 今回、霊夢は阿求を支える者として立ってもらいました。次はどんな役柄で物語に出ることでしょう?
 ……幻想郷の人妖全てにとって、博麗霊夢とはあらゆる物語に必要とされるべき存在なのです。
 特に、自分の中で、人間に取っては尚更。

 自分の書きたい無茶苦茶な物語の軸には、必ず彼女が付き纏います。
 原因であり、理由であり、時として彼女自身が黒幕となり得ます。
 それでも稗田阿求の傍にいるときの彼女は、「妹」なのです。
 自分より凄く沢山の事を知っている、自分より立派な、自分にとって誇るべき、「姉」なのです。
 人と人の絆もまた、この物語の重要なファクターであると思いながら描きました。

 特に今回ちょっと悩んだのが、稗田家の従者二人の扱い。
 割とオリジナルキャラクターに対しては自分自身はそこまで嫌悪感いだきません。必要とあれば出すべきだと思いますし、必要がなければ存在しなくなるだけのことです。
 その中でも今回はこの二人が目立っていたでしょう。
 というよりこの二人以上にオリキャラ目立たせると誰の物語かわからなくなるからそうしたのですが。
 本来なら名前すらもなくしたかったんですが、同じ屋敷で、同じ主に仕える二人の従者の性格や思考の差異などを描きたかったのがあります。しかし心の中は二人の従者共に変わらず、主である稗田阿求を心から愛している。もっとも重要なのは、そこです。
 稗田阿求は、御阿礼の子であるということも含めて、多くの者に愛されている。
 勿論その中には御阿礼の子という対象に対する敬意や畏怖があらかた混じっているのかもしれませんが……それ以上に、稗田阿求という一人の人間を愛する姿がそこにありました。二人とも主を扱っていると言うにはずさんな態度多いですしね。
 でもそれに阿求は気づかない。自分が御阿礼の子だからこうされているのだろうと思う。そこが卑屈。けれども最後には、己が大事にされているという事実に安堵を覚える。それは、多くの人に阿求として支えられてきたから。

 これは、稗田阿求が稗田阿求であるための物語です。

 ……しかし、まぁ突込みどころとして言いたいのはさ。
 「歌って尋常ではないぐらいの体力を消費する」って所なのよね。
 僕自身はバンドなんかやったことないひきこもり系オタクだからわかりませんが、ライブハウスのイベントで見る演奏なんかは一曲歌い終えただけで汗だらけになると聞きます。
 そんなもんに体力のない身体の弱い自分の大事な姉を誘う巫女。実は暗殺でも企てていたんでしょうか。ちがわい!
 細かいところを突っつけば粗なんていくらでも出るのが物語。作家が納得すりゃいいんです。いやほんと。

3.物語におけるキャラクターの役割

 それでは今回物語の上で阿求に関わった多くの人達にスポットを当ててみたいと思います。
 彼女たちはこの物語に置いてどういう役割を与えられたのか。彼女たちの傍で、阿求はどう感じたのか?
 そういった細かいところの補完の部分。

 ●博麗霊夢
 言わずと知れた副主人公。キーパーソンでありつつ、あくまでサブを演じきりました。
 霊夢は出るだけで大分目立つように書いてしまうので、大人しくするのは結構苦労しました。というか実際のところ全然おとなしくなかった気もします。魔理沙よりはマシか、レベル。
 彼女の周りにいた従者が「見守る」という立場であった際に、彼女は阿求の立つべき舞台を破壊した人でもあります。彼女に与えられた当たり前を、霊夢は壊していきました。それでどうなったのかは作品を見た人には解る。
 稗田阿求を最も人間としてみているのは、同じく余り人間という枠で語られることの少ない博麗の巫女。似たような立場ですが、その奥に秘めたるものがまるで違う姉妹のような二人。似たもの同士で、違うもの。そんな複雑な関係ですが、そういう風に見えたら幸いです。見えなかったら僕の力量不足。

 ●霧雨魔理沙
 副主人公二人目。基本的に作品中で強く目立たせるのは主人公格含めて五人まで、と決めております。それ以上増やしちゃうと何を喋りたいんだか自分でもわからなくなるしね。語らせるキャラが少ないのが一番いい。
 そんな中で今回は魔理沙の過去にも多少迫りました。これも、普通と異端を書き分ける重要な物語です。天才と凡人の圧倒的な違い。霧雨魔理沙と博麗霊夢の違いはここに集約されるものだと考えています。
 しかし凡人であるが故に、いえ天才を何よりも知っている凡人であるが故に。彼女は異端として見られることを嫌い、異端として見られることの下らなさを知っているからこそ、稗田阿求を放っておけない奴なのです。そういう意味では男らしいキャラなんですが。というか基本的にうちの魔理沙は男らしい。毎回魔理沙のオプションのように出るアリスが驚き役のポジションを確立するぐらいに男らしい。すいませんなんかうちの魔理沙。
 というかアリスごめんなさい。今回出てすら居ないや。キャラ的に出るような話でもなかったしな。

 ●魂魄妖夢、十六夜咲夜
 一纏めに書くサブキャラ。二人とも主人公を張った人間として重要なキャラです。
 今回はチョイ役でしかないのですが、妖夢はまた阿求に取って妹っぽく。咲夜は特異な空気を醸し出しつつどことなく抜けていて。
 基本的にギャグストーリーを進行させる為のキャラではありますが、勿論彼女らが居なければこの物語も成り立ちません。自身が半人半霊であったり、紅魔館という異色の場に務めるものとして、稗田阿求をまた特異な存在と認めた上で、人間であると認識出来る存在なのですから。
 後妖夢はドラムが似合うと思うんですよ。咲夜さんもベースがすげえ似合うと思うんです。お互いに縁の下の力持ち的な演奏がすごい得意な気がする。魔理沙が派手さで、霊夢が中心部。阿求は核。そんな感じのメンバーだったりします。
 そういや某バンドのガイ長さんもベースでしたかしら……違ったらファンの皆さんごめんなさい><

 ●上白沢慧音
 もっと出番増やすつもりだったんですが最後のほうでちらっと顔見せしただけでした。
 人白沢キャラとして、一応人間キャラ扱いしてるんですけどね。そういう意味では最初から最後まで人間づくしの本だった。あ、レミリアいたな。

 ●東風谷早苗
 純粋な人間キャラクターとして全く出番のなかった早苗さん。
 ……初期稿では出そうとしてたんですが、扱いが余りにも酷すぎた上にカタルシス感じさせるシーンもなかったのでカットしました。
 「ボーカルは私がやるに決まっているでしょう!」と常識にとらわれない発言と共に出すつもりでした。完全に物語が変わると思いました。早苗さんは犠牲になりました。

 ●稗田家従者二人
 最後の最後まで名前をつけていいものか悩んだ二人。オリキャラ嫌いにはすいませんでしたとしか。
 僕が阿求を書く際には、必ずと言っていいほど従者が付き纏います。元々これには理由があって、最も好きな作家さんの書く阿求と一緒にいる従者さんの姿がとても素敵だったから、というのがあります。それ以来と言うものの、名前はなくとも常に同じタイプの従者さんを出し続けました。これが今回でいう楪に当たります。
 ただ、稗田家の大きな屋敷で一人しか一緒にいるタイプの従者がいないのもなんか寂しく思いまして。ベテランタイプがずっと一緒に居るなら、相方はやはり大型若手新人だろうと。キャラの方向性も真逆で、魔理沙から毒気を抜いたような、体だけ成長した妖夢というか。今回一番子どもっぽい純真なキャラクターに仕上がりました。これが蕪木になりました。
 名前は二人とも花とか樹の名前です。多分稗田家でこれ以上従者を出すときは(多分無いでしょうけど)今後も同じような名前の付け方になると思います。
 対比はそこそこうまくいったとは思いますが、如何なものでしょうか。母のように見守る楪と、積極的に友達のように絡む蕪木。互いに稗田阿求を愛している行動ですが、見た感じはそうは見えません。しかし、見てそうでないと思えるぐらいがちょうどいいのだと思います。主従の枠を超えた関係。その稗田家の中での異端さに面白さを感じていただければ、と思います。

 ●八雲紫
 珍しく出なかったね!というわけで没キャラパート2。
 自分の中では稗田阿礼を転生させたのが彼女だと思っているので色々絡めようと思ったのですが正直いても居なくてもおんなじ感が激しく付きまとったので削除しました。
 本来であれば後の作品のために残すべきだったんですけど。惜しいことをした、と思いつつどこで出せばよかったんだ、と思う。

 ●四季映姫・ヤマザナドゥ
 没キャラパート3。
 阿求に関わるキャラといえば外せない人の一人ではあるんですが、立場がなんか楪にパクられました。オリキャラに立場を奪われるってどんな気持ち?(ジャジメント
 彼女の説教も重要かとは思ったのですが作品のページ数や立場的なことを考えて削除。存在しなくても信仰する物語に無理に出すことも無し。きっと他の形で阿求に関わってくれるでしょう……ください

 こんなところでしょうか。
 癖がありつつも、自分が書くと基本的に少年漫画の登場キャラのようになります。どこか熱さを秘めた、ある意味東方らしくない作品が出来上がるのは昔から。
 ま、らしさなんて考えるだけ無駄なんですが。自分が面白いと思えばそれでいいのです。
 その為のキャラ作りは十分に成功したと思います……まだ満足はできませんが。

3.おわりに

 この作品は、始まりです。
 自分にとって描きたい世界を描くための、始まりです。
 その物語の破片の一つにも、しかし力を込めました。

 割と、自分は自分の世界を描きたいって我が強いんだと思います。
 その為か最近は侵食されないようにとインプットが少なくなってる傾向が強いです。
 でも、ちょっとその事で昼間にあることを言われました。それがなんなのかは、敢えて語りませんが。

 それもそれで、閉じた世界なのかなぁ、などと。
 こんな物語を書きながら自分で世界を開くことをしない作者が書くんだから不思議。

 最近、ふとFF8よりこんな発言を思い出しました。
 主人公であるスコールの、ある発言です。

「俺……本当は他人にどう思われてるか、気になって仕方が無いんだ」

 弱さを認めることが、始まりなのでしょう。
 私はその弱さを認めるのが、苦手です。どうしても逃げ出そうとしてしまいます。楽な方へと。
 他人の視線に晒されることを嫌い、しかし見られることを望む矛盾。言っちゃえば子供なんですけど。
 本当のところ、怖い、というのが本音です。
 心が良く揺らぎ、折れやすいからこそ、下らないことで侵食されるのが怖いです。

 でも、このままだと多分、どれだけ書いたところで本当に自分が望む物語にならない気がします。
 面白さを追求することで、伝わるのでしょう。
 だから僕は、彼女たちの世界を閉じたままにしておくわけにはいかないのかもしれません。
 これから物語を紡ごうと、少しでも思うのなら。
 自分の我侭を押し通したいと、僅かにでも思うのなら。

 例大祭は、ある意味ではこの物語の軸に絡むような絡まないような作品をかくと思います。
 この作品の正当な続編は夏予定ですがどうなるかはわかりません。わざわざイベントでしか書けないってわけじゃないし、もしかしたら創想話とかにでも投げるかもしれません。それも、確定しない未来のお話。
 少しでも未来に触れられるように。少しでも彼女たちが、夢を見れるように。

 彼女たちを強く描きたいと思うと共に、僕自身も強くなりたい。いやならなきゃいけない。作品を書き、僕の作品の中で何らかの意志を与えられた彼女たちのためにも。

***

 年の最後に、いえもしかしたら年明けかもしれませんが。
 こんな文章を見て下さってありがとうございました。

 来年の目標、と言えるようなほどのものでもありませんが。
 「強くなる」
 という簡潔な言葉だけで済ませておきたいと思います。今度は、口だけにならないといいね。

 では皆様、良いお年を。

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